大判例

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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)72号 判決

控訴人

株式会社内藤ハウス

右代表者

内藤重郎

右訴訟代理人

平出馨

外二名

被控訴人

山岡義雄

右訴訟代理人

武部富男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し原判決別紙物件目録記載の建物を引渡し、かつ昭和五一年八月一日から右引渡済みまで一日につき金二〇九〇円の割合による金員を支払え。(後段は当審における拡張請求)

3  右建物が控訴人の所有であることを確認する。(当審における拡張請求)

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  控訴人は、昭和五一年四月九日訴外永井産業株式会社(以下、永井産業という。)との間で、次のとおり約定により控訴人を請負人、永井産業を注文者とする原判決別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)の建築請負契約を締結した。

(一) 請負代金 金九〇〇万円

(二) 工期 昭和五一年四月一〇日から同年五月五日まで

(三) 代金支払方法及び時期

(1) 昭和五一年五月二〇日 金一〇〇万円(現金)

(2) 同年六月二〇日 金二〇〇万円(現金)と額面六〇〇万円の手形

(四) 建物の所有権は代金完済によつて移転し、引渡後であつても代金完済まで控訴人がその所有権を留保する。

2  控訴人は、右工期内に本件建物を完成して永井産業に、永井産業はこれを被控訴人にそれぞれ引渡し、被控訴人は昭和五一年七月一四日以降本件建物を占有し、しかも本件建物に対する控訴人の所有権を争つている。

3  ところが、永井産業が請負代金を完済することなく昭和五二年六月二五日倒産したので、控訴人は同年七月一日永井産業に到達した内容証明郵便による書面で債務不履行を理由に右契約を解除する旨の意思表示をした。

4  そこで控訴人は、被控訴人に対し、本件建物が控訴人の所有であることの確認、本件建物の引渡及び昭和五一年八月一日以降引渡済みに至るまで一日につき金二〇九〇円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二  被控訴人の請求の原因に対する答弁と抗弁

(答弁)

1 請求の原因1の事実は不知。

2 同2の事実のうち被控訴人が永井産業から本件建物の引渡を受けて昭和五一年七月一四日以降これを占有し、本件建物に対する控訴人の所有権を争つていることは認めるが、その余の事実は不知。

3 同3の事実は不知。

4 同4のうち賃料相当損害金の額は争う。

(仮定抗弁)

1 被控訴人は、昭和五一年三月八日永井産業に対し代金一一六五万円で本件建物の建築を請負わせ、契約成立と同時に金四〇〇万円、同年四月一六日の着工時に金四五〇万円、同年七月二〇日の引渡を受けたときに金二二五万円をそれぞれ永井産業に支払つて代金を完済し代金額は、追加工事のため一三〇〇万円に変更された後、建物に瑕疵があつたため二二五万円値引されたものである。)、永井産業から本件建物の引渡を受けたものであるが、永井産業が本件建物の建築を控訴人に下請させていることは知らなかつたものであるから、仮に控訴人が本件建物の資材を提供していたとしても、右資材を永井産業の所有物件であると信じ、これに過失がなかつたから、本件建物を構成する一切の資材が建築現場である被控訴人所有土地に運び込まれた都度その所有権を即時取得し、右資材によつて本件建物が建築されたから、被控訴人は本件建物の完成と同時にその所有権を原始取得したものである。

2 前記のとおり被控訴人は永井産業に本件建物の建築を請負わせ、前記のとおり代金を工事の進行の状況に応じて支払つてきたものであり、そして控訴人はその間の事情を知つて永井産業から下請したものであるから、注文者たる被控訴人は、元請人たる永井産業に代金を完済した時点で本件建物の所有権を直接原始取得したものである。(最高裁昭和四四年九月一二日第二小法廷判決、判例時報五七二号・二五頁参照)

3 被控訴人が前記のとおり永井産業から本件建物の引渡を受けた際、控訴人は、本件建物に関して一切を委せている控訴人大阪営業所長仲田昭夫(以下、仲田という。)を右引渡に立会わせなんらの異議も述べさせなかつたものであるから、本件建物についての被控訴人への所有権移転につき黙示の承諾をしたものである。

4 前記のとおり被控訴人が永井産業から本件建物の引渡を受けた際、控訴人側から仲田が会い、被控訴人に対し所有権留保の特約や永井産業の控訴人に対する請負代金未払の事実など全く述べないまま、被控訴人への引渡を認めたばかりではなく、永井産業をして被控訴人ヘの引渡を認めたばかりではなく、永井産業をして被控訴人に対し本件建物の保存登記手続に必要な書面を交付せしめるなどして本件建物の建築請負契約の履行に協力していることが明らかであるから、控訴人が、永井産業から代金の完済を受けていないことを理由にすでに代金を完済して本件建物の引渡を受けている被控訴人に対し、永井産業との間の所有権留保の特約に基づき右建物の所有権を主張しての引渡を求めることは、本来控訴人において自ら負担すべき代金回収不能の危険をなんらの落度もない被控訴人にすべて転嫁しようとするものであり、自己の利益のために代金を完済した被控訴人に不測の損害を被らせるもので、権利の濫用として許されないものである。

5 被控訴人は前記のとおり本件建物の代金を永井産業に完済してその引渡を受け現にこれを占有しているが、若し本件建物に対する控訴人の所有権の主張が認められたときは、永井産業に対し右代金額一〇七五万円と同額の損害賠償請求権を取得することになるので、右金員の支払いを受けるまで留置権に基づき本件建物の引渡を拒絶する。〈以下、事実省略〉

理由

一被控訴人が永井産業から本件建物の引渡を受けて昭和五一年七月一四日以降これを占有し、本件建物に対する控訴人の所有権を争つていることは当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によると、控訴人の請求の原因1ないし3の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

三そこで、被控訴人の権利の濫用の抗弁について判断する。

1 前記二認定の事実、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  控訴人はいわゆるプレハブ建物の資材の製造、販売等を業としているものであり、永井産業は昭和五〇年一〇月頃から継続的に控訴人の製造した資材によるプレハブ建物を建てたい客を探し出してその注文を取り、それに基づき控訴人がプレハブ建物を建築していたものであるが、永井産業が先ず客と建築請負契約を結び、控訴人がさらに永井産業からそれを下請するという方法を採つていた。

(二)  また、控訴人は、永井産業と請負契約を締結する際、特に注文して印刷させた契約書用紙を使用していたが、この裏面にはその他の条項と共に「建物の所有権は代金完済によつて請負人から注文者に移転するものとし、引渡後であつても代金完済までは請負人がその所有権を留保する。」旨の特約が、不動文字で印刷されていた。そして、永井産業は控訴人からこの用紙(ただし、請負者欄は白地)の配布を受け、これを客との間のプレハブ建物建築の請負契約に使用していた。

(三)  永井産業は、昭和五一年三月八日被控訴人との間でプレハブ建物である本件建物である本件建物を、代金一、一六五万円、その支払方法契約時金三一五万円、着工時金四五〇万円、竣工時金四〇〇万円、工期同年四月一日から同年五月三一日までの約定で建築請負契約を締結したが、契約書については控訴人から配布されていた前記契約書用紙が使用されたので、代金完済まで本件建物の所有権が永井産業に留保する旨の特約が合意された(乙第一号証)。

(四)  次いで、永井産業は、同年四月九日従来どおりの方法に従いさらに控訴人との間で、本件建物について、代金九〇〇万円、その支払方法同年五月二〇日現金一〇〇万円、同年六月二〇日現金二〇〇万円と手形六〇〇万円、工期同年四月一〇日から同年五月五日までの約定で建築請負契約を締結したが、このときも控訴人の前記契約書用紙が使用されたので、前記所有権留保の特約が合意された(甲第一号証)。しかし、被控訴人は、永井産業が本件建物の建築をさらに控訴人に請負わせたことやその契約の内容を全く知らされていなかつた。

(五)  その後、被控訴人の注文により電気工事の追加があつたことから、控訴人と永井産業との間では金二六万円、永井産業と被控訴人との間では金一三五万円それぞれ請負代金が増額され、結局請負代金額は、前者間計金九二六万円、後者間計金一三〇〇万円になつた。そして、被控訴人はほぼ契約書記載の約定どおり昭和五一年三月八日の契約成立と同時に金四〇〇万円(約定では金三一五万円であつたが、それを上回つている。)、同年四月一六日金四五〇万円を永井産業に支払い、あとは建物の完成を待つて残金を支払うだけになつていた。しかし、控訴人は、永井産業に対し契約書どおりの代金支払の履行を求めた形跡がなく、同年六月二三日になり初めて永井産業から本件建物の代金の支払として、永井産業振出の額面五〇〇万円、満期昭和五一年一一月二五日の約束手形一通の交付を受けただけであつたが、同年七月一四日頃完成した本件建物を永井産業に引渡してしまつた。

(六)  被控訴人は、同年七月一四日残代金を支払つて永井産業から本件建物の引渡を受けようとしたところ、建物が新築直後にもかかわらず既に傾斜していたため、その修理を要求したが、それが技術的に困難であつた。そこで永井産業は、同月二〇日控訴人大阪営業所長仲田の了解を得たうえ、被控訴人との間で修理の代りに代金を二二五万円減額することで合意に達し、被控訴人は本件建物の現場で、減額後の残代金二二五万円を永井産業に支払い、本件建物の引渡を受け、同時に永井産業から登記手続に必要な建物引渡証等の交付を受け、これにより同日被控訴人の孫名義で本件建物の所有権保存登記を経由した。

なお、右残代金授受及び建物引渡の際に、永井産業の代表者永井是が控訴人大阪営業所長仲田に被控訴人を紹介したが、仲田は被控訴人に対し本件建物の請負代金が未払いになつていることや前記所有権留保の特約があることを全く告げなかつたし、建物の引渡についても異議を述べなかつた。

(七)  控訴人は、同年七月二七日永井産業から永井産業振出の額面四八二万五〇〇〇円、満期昭和五一年一二月三一日の約束手形一通(但し、本件請負工事代金分としては、減額後の金額七〇一万円から前記受領済みの五〇〇万円の手形金を控除した残代金二〇一万円)の交付を受けた。しかし、永井産業は右手形を満期に決済できる見込がなかつたので、控訴人と合意のうえその前日の同年一二月三〇日特に本件建築請負代金分として現金一五〇万円を支払い、残りは他の手形二通、すなわち訴外平和重機建設株式会社振出の額面五〇万円、満期昭和五二年四月三〇日の約束手形一通と永井産業振出の額面二八二万五〇〇〇円、満期同年二月二八日の約束手形一通に差換えたが、いずれも不渡りになつた。また、前記永井産業振出の額面五〇〇万円の約束手形も満期昭和五二年三月二五日の手形に書き換えられたが、これも決済されなかつた。そして、控訴人が同年二月二八日永井産業に対する立替金の内金五一万円を本件建築請負代金に充当したので、その残代金は五〇〇万円となつたが、永井産業が同年六月二五日倒産したので、控訴人は右残代金の弁済を受けることができなくなつたことを理由に、永井産業との間の本件建物の請負契約を解除し、同年九月一〇日被控訴人に対し本件建物の所有権を主張して本件訴を提起した。

2  右認定の事実によると、形式的には、被控訴人が永井産業に本件建物の建築を請負わせ、永井産業が控訴人にさらにこれを下請させてはいるが、実質的には、永井産業が控訴人と被控訴人との間を取持つ仲介人的関係ないし控訴人の代理人的立場であつたにすぎないのに、控訴人は永井産業との間で本件建物について特に前記所有権留保の特約を結び、しかもこれを被控訴人に隠して被控訴人が代金を永井産業に支払うことを容認し、控訴人自身は永井産業との間で従来から取引関係が継続していたことに油断して永井産業からの代金の回収を怠り、被控訴人が本件建物の引渡を受け登記もすました後一年近くも経つてから、永井産業が倒産して代金の完済を受けられないことを知るや、被控訴人が知る由もない永井産業との間の所有権留保の特約を根拠に、被控訴人に対し本件建物の所有権を主張しその引渡を求めるものであり、控訴人の本件請求は被控訴人の信頼を裏切り、控訴人が本来自から負担すべき代金回収不能の危険を被控訴人に転嫁しようとするものであり、自己の利益のために、代金を完済した被控訴人に不測の損害を被らせるものであるから、信義誠実の原則に違背し権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。

3  控訴人は、被控訴人に対し永井産業との間の所有権留保の特約や請負代金未払の事実を告げれば永井産業の名誉と信用を害し商人間の道義に反する旨主張するが、控訴人は、前記のとおり、永井産業と密接な関係にありながら、永井産業との間で右のような特約を結ぶこと自体最終注文者である被控訴人に対する関係で大きな疑問があるうえ、代金回収不能の危険を被控訴人に転嫁しようとする意図をも暗に有しながら、右特約の存在と永井産業の代金未払いの事実を被控訴人に隠して永井産業に対する代金の支払を容認したことこそ、商人道徳上非難されるべきことといわなければならない。

また、控訴人は、被控訴人も商人であつて控訴人と対等の立場にありながら本件建物の所有権の確保のためなんらの法的手段も講じていなかつたものであるから、所有権を取得できなかつたことはやむを得ない旨主張するが、被控訴人が商人であるかどうかはともかくとして、被控訴人は前記のとおり控訴人と永井産業との間の所有権留保の特約を知る由もなかつたのであるから、控訴人の主張する法的手段の講じようがなく、一方、控訴人が前記のとおり右特約の存在を隠しておきながら、被控訴人の不用意をいうのはむしろ信義に反するものというべきである。

4  したがつて、被控訴人の権利濫用の抗弁は理由がある。

四そうすると、控訴人の被控訴人に対し本件建物の引渡を求める請求、並びに本件建物の所有権の確認及び賃料相当損害金の支払いを求める当審における拡張請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて理由がないから、失当として棄却すべきものである。

よつて、控訴人の本件建物の引渡請求について同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却し、控訴人の当審における拡張請求を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(仲西二郎 長谷喜仁 下村浩蔵)

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